街道遍路

歴史街道・史跡探訪ピンポイントガイド

バトルツアーの聖地巡礼

午前2時以降は深夜料金がかかるので、その前に屋島第一健康ランドを出た。
KとMはなだれこむようにハイエースで眠りにつく。眠れぬ男は30年前に思いを馳せる。ここは男の故郷でもある。
地図を出し、山側の県境に近い場所を指でたどる。
あった・・。これだ。
地図に小さなダムがある。前山ダム。
 
30年前の中学2年のとき、初めて長い夜を走り抜けて釣りに行った。
午前2時に家を出て、自転車でひとり夜道でペダルを漕ぐ。遠く知らぬ地へ向かう不安と高揚は、その後30年にわたるバトルツアーの礎石となった。
今や娘の年齢がそのときの自分より上である。夜道を走った中学二年生は、自分より年上の娘を連れて同じ道を走る30年後の自分の姿を想像だにしなかったろう。
ふと、チャリで当時の道をたどってみようかと考える。しかしその思いつきは、すぐにため息に変わった。もう中学生ではなかった。
 
聖地巡礼のルートをカーナビに設定してみると、たかだか30分足らずで行ける距離だった。なまぬるい夜風に一晩たわむれながら、黎明の前山ダムについた記憶が急速に風化しそうになる。
午前4時過ぎに出発し、少年の足跡をたどる。
彼は二万五千分の一の国土地理院発行の地図を何度も眺め、この道を選んだはずだ。讃岐平野を南北に貫く道。その途上、市街地を少し出たところに堂々たる台形を刻んで鎮座する久米池は、地図の上で何とも言いがたい力を放っていた。
自転車の前照灯はわずかな路面を照らすだけで、するすると闇に吸い込まれていく。久米池は茫漠な闇に包まれ、その存在を感じられるのは匂いだけである。魚の腐臭を薄めた匂いが風にのって頬を撫でる。カエルの声が大きくなったり小さくなったり、ときどき、ぼこっという間欠的な音がはさまる。
初めて言いようのない孤独を感じた瞬間だった。以来、久米池は長く、記憶の中に刻まれることになる。
その直後、犬の群れに追いかけられた。アスファルトを蹴る無数の爪の音・・。これもまた長く、記憶の中に刻まれることになる。少年は無類の犬嫌いの大人になった。
 
同じ道をこうしてハイエースで走ってみると、なんと道の狭いことか。二車線をとるのがめいっぱいで路側帯もない古い規格の道である。街灯もあれば看板の光もある。
そして、なんと久米池のまんまえにコンビニができていた。
暗い池の水面を見つめながら少年の記憶を思い出そうとする。遠くにぽつんぽつんと見える街灯や自販機の光。讃岐平野独特のぽっこりと丸い低山や丘陵の影が夜空を縁取る。水面にわずかな灯りが映り込んで、どの光もおそろしく縦長にちらちらしている。
 
県道3号。四国山地の県境にむかってなだらかな上り勾配になっていく。あえぎながらのぼっている自転車の少年。
速度を10キロに落とし、ハイエースのライトを消してみる。
街灯がなく真っ暗だった。このさびしさ、この不安。

記憶では養鶏場の匂いが異境感を募らせたものだが、その匂いはなかった。

かわりに前山ダムには立派な道の駅ができていた。

 

そのあと、讃岐平野のいくつかの池をめぐりながら、午前10時過ぎに四国をあとにした。

KとMが目を覚ましたのは、淡路島だった。 
 

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(左)コンビニの左側が久米池 (右)前山ダムの道の駅

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