街道遍路

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中学卒業記念は、宇和島の野池と鯛飯

 週末にかけて気圧の谷が列島を通過するため、不安定な天気が予報されていた。
 中学の卒業式を終えたばかりのMは手持ち無沙汰な日々をおくっている。四国、いこうかという話になった。一家で四国に行ったのは小学卒業以来だから3年ぶりである。当初は、宇和島や四万十川沿いなど四国の中でも遠くの方を考えていたが、宇和海や四万十川は青空のもとで見たい。
 がんばって遠くに行ったところで、移動中は車中で寝てばかりのKとMの姿を思い出すと、気が遠くなるほど長い道のりをひとりでドライブしに行くのと変わらない。曇り空のもとでは、宇和海はあまりに遠すぎる。
 目的地のことを考えるのをやめ、まあ、なんとなく四国、ということだけで出発した。
 一眼レフなど重くてかさばる撮影機材も持って行くのをやめた。自転車といった移動機材も折りたたみ式の1台だけにした。
 小雨という天気も、釣りという観点からすると悪くはない。しかし釣りといっても、四国まで行って本格的なことをするつもりでもなく、どこぞの無名の野池でぼんやり糸をたらすだけである。
 夕食は冷蔵庫にあまっていた材料で豚の味噌焼きを作った。買い物に行くと、つい見切り品に手が出てしまうので、あえてスーパーには行かなかった。冷蔵庫をからにしなければならない。回鍋肉を作ろうと買っておいたキャベツとピーマンを付け合わせにして使い切る。味噌焼きの付け合わせとしてもピーマンはなかなか美味かった。
 月に2回しかない資源ゴミを出せないのが心残りである。中学を卒業した娘が放出した教科書やノートが廊下のすみに積み重なっている。
 午後10時過ぎにKが仕事から帰ってきた。彼女はこの1ヶ月のあいだ、海外出張や国内イベントの仕事でほとんど家にいなかった。仕事の山場を抜け、やっと休暇がとれた。
Kにとってハイエースの車内は、眠ることしかできないところがいいのだと言っていた。
 夜の箱根にむけてハイエースがすべりだす。観測史上3月としては最高気温となった日だけあって、ぬるみきった夜に地方のローカル線のようなディーゼルエンジンの音が響く。ゆっくりとひとつ、またひとつとカーブを抜けて行く。
「四国でも近いところにして、何もしない旅ってどう?」
「島めぐりの方がいいな」とM。
宇和島って島じゃないよ。愛媛のずっと西のほうだよ」
「そうなの?」
「じゃ、愛媛県の県庁所在地は?」
「高知」
「高知ねえ」
 県立高校の入試には地理もあったはずだが、もうこれである。
 箱根を越え、沼津から新東名高速に入った。できるだけ起きてみるといっていたMも静かに寝息をたてている。次に彼女らが目覚めるときには四国にいることだろう。急行寝台列車の運転士のように孤独な長い時間になりそうだ。

 午前五時。ほぼ予定どおりに岡山県境を越えたので、そのまま瀬戸大橋で四国の丸亀に上陸することにした。
 午前六時に瀬戸大橋で日の出を迎え、四国最初のインターチェンジで下道におりた。雨が降っていたが、とりあえず通りがかりの野池で釣りをはじめる。少し進むと、また野池。釣りをする。数分進むと、また。
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 こんな調子で四国に上陸したはいいが、いっこうに進まない。
 ルアーを立てつづけにロストしてテンションダウンしたのをきっかけに、高速道路に入った。KとMはあいかわずぐっすり眠っている。

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 松山近辺で高速をおりた。ちょうど道後温泉がお祭りだとニュースでいっていたが、市街を遠巻きにするように野池をめぐりながら西へと進む。KとMは目覚めない。午後3時。日暮れまでに時間はある。再び高速にのって宇和島をめざすことにした。

 四国の有名な野池は事前に「バス&ライギョ全国釣り場ガイド」の1999年版で調べておいたのだが、なぜか宇和島の野池に関する情報は皆無だった。現地で走りながら、めぼしい池に立ち止まっては竿を出す。
「おとうさんの目が、すっかり少年になってる」
 やっと起きだしたKが言った。
 2013年になってからオオクチバス釣りの成果はゼロだった。この年は、中学生以来、30年ぶりのベイトキャスティングをはじめたので、懐かしい道具で何とかオオクチバスを釣りたい。
 日暮れが近づく。おそらく今日は最後の池。水質はクリヤー。クリヤーな水質にはおよそ向かない派手な色のスピナベしか残っていない。だめもとでサンダル履きのまま投げてみた。反応なし。当然だろう。魚影も目視できない。あきらめてクルマにもどりながらキャストしていたら、何かがかかった。小さいながら、よく引くきれいなオオクチバスだった。

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「えー、すごーい!」
 ほとんど眠ってばかりだった娘が、このときは運よく横にいた。
「いると分かればね。こういうときは、ここを狙う」
 と、なかば冗談で岸沿いに投げると、ほんとうにバシッと食ってきた。まるで釣り番組のような展開に、ふたりで笑った。


 このあと宇和島のスーパー銭湯に移動した。施設内に20m温水プールがあったので、駐車場にもどり、ゴーグル、スイムキャップと海パンをハイエースから引っ張りだし、風呂のかわりにゆっくり2000m泳いだ。野池めぐりの遠征は、四十路の肉体にはけっこうきつい。体調を整えておくため、粗食と運動をこころがける。
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 宇和島港近くの道の駅にハイエースを停泊させ、三人で宇和島駅まで往復2kmのランニング。
 途中で見つけた居酒屋に入る。出てきたお通しは亀の手。どうやって手をつけていいものか三人とも分からない。若い女性店員に食べ方をおそわった。見た目のグロテスクさとは裏腹に、しっかりした貝の味で美味。
 ほとんど一日眠っていたKとMのお目当ては、本場の宇和島鯛飯である。これを賞味しないことには何をしにきたか分からない。
 宇和島鯛飯は家でよく作っていた。家のそばの海でときどき真鯛が釣れるのだが、釣れたての鯛は味がしない。しいていえばオオクチバスの味に似ていて、それほど旨いわけでもない。ある日、新聞で宇和島鯛飯の記事とレシピが出ていた。宇和島宇和海の複雑なリアス形状の地形を利用して鯛の養殖が盛んである。水揚げしたばかりの鯛を朝食にする漁師の知恵として、鯛飯が紹介されていた。
 鯛飯といえば一般的には炊き込みである。しかし宇和島鯛飯は生の切り身を使い、みりんと酒と醤油で濃厚に調味する。卵黄を入れるのも特徴だが、獲れたての真鯛の淡泊さを補う漁師の知恵であろう。
 家でも宇和島鯛飯を喜んで食べるのは、もっぱらMとKである。釣った本人は調理するだけで箸はつけない。
「おとーさんのと同じ味がする」と、ふたりが言った。
 それはそうだろう。宇和島鯛飯のレシピどおりに作れば、真鯛もオオクチバスも同じ味になりそうだ。興味があったのは出汁である。女性店員によると大将の特製出汁とのこと。
 特製出汁の正体は分からなかったが、家で作るときは真鯛のアラで出汁をとる。カツオ出汁の方が旨い気もするが、無駄なく真鯛を使うためである。特製というぐらいだから、この店も真鯛で出汁をとっているのかもしれない。それならば同じ味なのも当然だろう。誰が作っても、簡単に美味しい。そのシンプルさこそが漁師の知恵だとあらためて実感したし、宇和島東高出身の女性店員は、さっぱりした感じの四国の女だった。

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