街道遍路

歴史街道・史跡探訪ピンポイントガイド

じゅんさい沼と東北5星ビッグバイクワインディング 

僕はおそらく関東ではナウテのジュンサイ好きである。ジュンサイというのは、ハスの新芽で、寒天状のものに包まれている季節の食材である。通常は、お吸い物などに、ちゅるっと入っている。だがナウテのジュンサイ好きの僕は、まるまる2パックをザルにあけ、ささっと軽く流水を通し、あとは土佐酢をたらして、じょろじょろと豪快に飲み込むのが流儀である。
 このジュンサイを僕は、夏場、つまりジュンサイのシーズン中は毎日、大量に飲み込んでいる。地元の小さなスパーなど、以前は季節の彩り程度にごく短期間しか売っていなかったのが、昨年からは冬場でも常設で小さなジュンサイコーナーが棚の一角を占めるようになった。店の人にとってみれば、首をかしげながら、ジュンサイを毎日2パック買う謎の人物にさまざまな想像をめぐらせて、今日もまたジュンサイを補充していることだろう。おかげで一年を通じて毎日食べることができるようになった。
親があまりに愛しそうに慈しみながら食べるものだから、娘も3歳のころから新興のジュンサイイーターとなった。取り合いで、けっこうたいへんである。で、マズそうにジュンサイを食べるように心がけたら、最近、ジュンサイに興味を持たなくなってきたのでホッとしている。
 しかしごく最近になってショッキングな事件があった。もともと僕がこんなジュンサイ愛好家になったのは、1990年代にさかのぼる。行くあてもない放浪の旅の末、夕暮れの中、宿を求めたのが秋田県の山本町というところだった。八郎潟を見下ろす小高い丘の頂上に、温泉ホテルが廃業したあとに改修された森岳健康センターはあった。折しも、駐車場ではオレンジ色の農耕用小型特殊車輌の展示会をやっていた。八郎潟から日本海に沈む巨大な夕日を、ただ一人、屋上露天風呂から眺めながら、恍惚と世界制覇について考えていたものだ。若かった。そして、夕食に出てきた冷奴の上にのった不思議な物体。壁に貼ってあった古びた観光ポスターによって、僕はそれがこの町の特産物であるジュンサイであることを知った。
 ジュンサイをぞぞと飲み込むとき、強烈にあの八郎潟に沈む夕日を思い出す。それは青春の夕日だ。つまりジュンサイは僕にとって、マールセール・プルウストのマドレーヌの香りのように、青春の一閃の輝きなのだ。
 どのスパーで買っても、ジュンサイのパックの裏には「秋田県山本町」の文字がある。全国独占状態である。いや、おそらく山本町というネームがジュンサイのブランドそのものなのだ。衝撃はつい先日、妻方の実家で起こった。
「パックの安いジュンサイはほとんど中国産だからねえ」
 義母がそう言うのに憤激した僕は、パックを裏返して突きつけた。ちゃんと山本町と書いてある。しかし義母は山本町の下にある文字を逆に指さして見せた。「生産地・中国」
 僕は目を疑った。つまり、中国で収穫されたジュンサイは、ブランドの傘をまとうために、いったん山本町に入るのだ。あるいは山本町でしかジュンサイの加工技術がないということか。いずれにせよ、僕の青春の山本町ジュンサイは、じつは中国産だったのだ。肩を落とす僕に、雑学博識の義母がいたわるように言った。
「ほんとの秋田産はね、ビンに入ってるのよ」
 び、ビン! ジュンサイがビンに入っているとな! ビン詰めのジュンサイ
 ああその日から僕の頭はいつもビンに入ったジュンサイでいっぱいになった。どんなビンに入っているのか。はたまた、なぜビンなのか。
 日本三大地獄「川原毛地獄」を、クリストファー・マンデリン・チャンとともに物見遊山しての帰り路、名もない県道を走っていた僕の目に「じゅんさい」の文字が飛びこんできた。急停止し、相棒に、「ちょっともどっていい?」と訊ねると、
「やっぱり、じゅんさいですか?」
 彼とはいっしょに仕事をしているので、わが家の夕食を始終、ともにしている。僕は惜しいと思いながら、よく、くりまんの椀に盛られたジュンサイを見やっていたものである。そんな僕がジュンサイの看板を見落とすわけがないと、彼には分かっていたようだ。
 果たしてその「じゅんさい沼」の素晴らしい姿。しばらく感動のために動けなかった。舟を浮かべ、ジュンサイを収穫する農夫がいる。かたわらの小屋では、ジュンサイを直売していた。しかも、ビン詰めのジュンサイであった。
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ジュンサイのハスの種類は、ふつうに僕たちが池で見ているようなハスとは違っているようだ。葉は小ぶりで長細い。(じゅんさい沼・秋田県)
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●水面のジュンサイに見入るクリストファー・マンデリン・チャン。水面を見ながら何を思うのか? (じゅんさい沼・秋田県)

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じゅんさい沼は正式名称は田螺(たにし)沼。水面一面にジュンサイのもとになるハスがびっしり。舟を浮かべて収穫する農夫の姿が趣きある。



 大ビン2本を贖った。しかし持ち帰ったあと、これを食した妻がすっかりジュンサイに目覚めてしまい、以後は娘でなく妻とジュンサイバトルが繰りひろげられるようになってしまったことも付記しておく。
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じゅんさい沼でゲットした大ビンのジュンサイを、サイドケースにて搬送中。
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● 秋田のじゅんさい沼から千葉までの帰り途はすべて県道と3ケタ国道を走りつないだ。途中、国道398号(東北マップル56ページ)は、今回の物見遊山の大発見。ひさびさの五つ星級のビッグバイクワインディングロード。地元バイクが多く走っていたので、秋田・宮城をつなぐ有名スポットなのだろう。