街道遍路

歴史街道・史跡探訪ピンポイントガイド

桜巡礼7~たった1本の桜でド田舎大渋滞

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●三春滝桜は全国的に有名な桜のスターだ。バイクを止めると知らない女性が記念撮影のためにわざわざバイクの前に立った。とつぜん何本ものレンズを向けられて恥ずかしいのをこらえている表情がシブい。

福島県の中通り地方は桜の全国的な名所である。ただ、この地域の桜は少し変わっている。ふつう、桜の名所というのは、まずふつうは千本桜、つまり圧倒的な桜の群である。しかしここ、中通りの有名な桜は一本桜が多い。たった一本の桜の木を見るために、全国からツアーバスが押し寄せ、ふだんはひなびた県道が大渋滞と化す。
 一本だけでそれだけの人を寄せつける力を持っているのだから、言ってみれば彼女らは桜のスターである。だから実際見ても、神々しいというか、ある種の異様な霊気がただよう古木が多いし、実際に祠や鳥居が木のわきに建てられているものも少なくない。
 一週間前に訪ねたときは蕾(つぼみ)だった棚倉の枝垂れ桜もこの日は満開だった。この日の走行パートナーはBMWのR1150Rロードスターを操る実弟である。阿武隈高地を縦断する国道349を怪走し、福島県道25を西走して棚倉入りしたが、ここでついついビールとウイスキーを飲み過ぎてしまい、アルコールが抜けるまで二時間以上も滞在となった。
「三春の方は満開でしたよ」と、おばちゃんが言った。
 このおばちゃんは夜中の三時に疲れきった旦那を叩き起こし、三春滝桜を見るためにマイカーをすっ飛ばして早朝の三春を見てまわり、ここ棚倉はその帰りだというツウぶりである。
「そんなに、えがったですか?」
「えがった」
 ということで、僕と弟は予定にはなかった三春滝桜をめざして一路北上した。このあたりは素晴らしい県道が充実しているので、ほとんど迷いながら走っていたにもかかわらず、弟はにこにこである。四辻に出るたびに、どっちに行く? と、顔を見合わせる。右も左も前も、どの道もそれぞれ舌なめずりしたいほどにいい雰囲気を出している。
「いや~、迷っちゃうよなあ」と、弟が言った。
だいたいにおいてどっちの道も楽しそうで選択に迷っているのだから、道に迷うのも当然である。
 途中、地蔵桜というあやしい看板を見つけて狭い県道に入り込むと、その先には観光バスの群れが並んでいて、やっぱり一本の巨木にみんな見入っている。枝が曲がりくねりながら四方八方にのびた妖怪じみた木だった。しかし無気味であればあるほど、なぜかその花は美しい。赤みの強い花は生命からにじみ出た血のようでもある。
 さてここからさらに狭い県道を進むと、次第にクルマの量が増えてきたので、三春滝桜が近くなっているという予感がした。県道40に出ると、もうクルマクルマバスバスクルマクルマ・・・。渋滞をすり抜けて行くと、左手の盆地の斜面に滝桜は一本で立っていた。とりあえず、通行人のあいだを縫って歩道にバイクを止め、カメラの調整をしていると、警備員がスピーカーでがなりたてながらやって来た。
 というわけでここは早々に追い出されたので、渋滞の列から早く抜け出たい一心で、またもやワケの分からぬ細道へと入り込み、迷い迷い走っているうちに、またもや不思議な一本桜に出会った。しかしこちらはまだほとんど蕾の状態だったので、それほど人はいなかった。僕がカメラのレンズを替えたり、位置を変えたりして、用心深いキツネザルみたいに動いたり止まったりしていると、弟が、
「まだツボミじゃんかさ」
「来年のためだよ。こうやっていろいろ想像しながら試してるんだ。朝の光がいいのか、夕日がいいのか、山の影になるのは何時ごろか、どの位置からどのレンズで狙うといいのかってね」
「ずいぶんと気の長い話だな」
「摩周湖だって、10年通っても毎回、霧ばかりって人もいる。でもうれしいだろうな。11年目にドンピシャでフィルムに焼き付けられたら」
「生涯かけて三本角のヘラジカを追っているハンターみたいだ」
「で、今年は桜の基本をお勉強中ってわけさ。さっきみたいな渋滞でも我慢しなきゃ」
「なんか苦手だねえ、僕は」
「おまえだって、はじめてバイクに乗ったときなんてBMWモーターがどこがいいのか分からなかっただろう。速いやつとか、味のあるやつとか、いろんなバイクに乗ってきたから、この遅くて味がなくて、それでいてなぜか山の向こう側で待っていたBMWに気づいたんだ」
「そんなもんかね」
 桜に対する嗅覚を鍛えるのに王道はない。地道に失敗をくり返しながら、毎年探しつづけるしかないのだ。
ここからさらに県道145→36を経て、国道399に。派生林道に入り、「いわなの里」をめざす。ここのイワナ料理は安くてボリュームがあり大満足。ヤマメとかアユよりも安い値段で巨大なイワナが出てくる。イワナの刺身など、一切れがまったりとでかく、脂がのっていてまるでハマチである。
 弟とついついハマってしまったのが、イワナ酒。舟形の陶器の中に、カリカリに燻されたイワナがまるまる一匹入っていて、そこに熱い酒を流し込んだ野性味あふれる酒だ。味が濃厚に出ていて、ついつい追加で酒を注ぎ足してもらった。
 イワナの里を出ると、子安川林道(東北マップルp20-C-6)から派生する林道を進み、日本有数のモリアオガエルの生息地という平伏沼に行った。
「このへんの山道って、なんか楽しいよね」
「阿武隈って、古い造山帯とかじゃなかったっけ。だから山容が穏やかなんだろう」
「広葉樹が多いせいかな」
 穏やかないい道が多いのが阿武隈の魅力である。温泉も安く、林道も多い。帰りの道すがらに見た山桜、里桜は筆舌に尽くしがたい美しさだった。案外、福島の桜の魅力とはこんなところにあるのかもしれない。
「来年は、スター桜に会う必要はなさそうだな」と弟が言った。
「1本2本見たぐらいで生意気な。全国の基本級の桜たちを渋滞を我慢してくまなく勉強しろ」
「弘前とか?」
「高遠」
「上野もだな」
「吉野、岡山の醍醐桜・・」
 名もない渓谷のひんやりした岩の上で、僕らは何を待つとでもなく日が沈むのを待った。谷間はすでに影があたりを支配していて、断崖のところどころで小さな山桜の花がぼうっと白く浮かびあがっていた。若緑の芽吹きと黒い杉がせめぎあうようにつづいている山肌の頂へと視線をあげていくと、頂上近くの木の枝が夕日を受けて金冠のように輝いた。そうして僕たちはゆっくりと煙草の煙を吐き出しながら、夕日の最後の輝きが消えるまで何も言わずに見ていた。
 今年もまた、僕たちの桜巡礼の短かい季節が終わろうとしている。
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●淡い緑に芽吹いた山の中に見つける野生の桜が織りなす弱いコントラストの世界はまさに童話のようなパステルカラー。

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●地蔵桜はその枝ぶり、花の色、いずれも鬼気迫る霊気がみなぎっている。夜に一人で出会ったら、何かが木の下にいそうだ。
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●この桜も偶然に道ばたで見つけた。後ろの山の稜線がくっきりと桜を浮きだたせて何とも言えない魅力があったが、残念ながらこの日はまだつぼみ。300mm以上の望遠でクリアーな日に再びチャレンジしたい桜だ。
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●道を走っていても桜がいたるとことに(左上) ビール運搬車と化す(右上) 山菜直売所ではホンモノのキノコ三昧のキノコ汁をふるまわれた。旅先のうれしい一瞬である(左下) そして山菜運搬車と化すBMW R1150GSアドベンチャー(右下)